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と、案外冷静に云つた。
「なにぶん山の中でございますから、折々にこんなことがございます。」
「それで、何かね。ドイツ兵は徒歩てくで通るんかね」
「おい、お茶を入れてくれ」
荒々しい鮎の走りが竿から腕に、腕から身体の隅々まで伝はつて、それは彼の胸いつぱいに快い感動をひき起した。糸をひきよせるにしたがつて、二つの鮎のひらめきもつれる形が見えた。この二つの生き物は、まるでその持つ力以上の力といふやうなものに駆かられている風に、走り、浮き、旋回し、沈みしつゞけていた。手早く網ですくふ。パシヤパシヤ水が跳ねて、獲物は房一の手の中で強くビクビクと動きやまない。追鮎はまだ元気で、背の色も濃い。ふたゝびそいつを放すと、追鮎は又以前よりもはげしく流れの中央に向つて走り出す。まだすつかりさめ切らない興奮の快さに、ぢつと竿を見まもつたまゝ何か忘れたやうになつていると、やがて又あの強い引きがいきなり彼の腕を胸を荒々しくよびさます。
「ね、お母あさん。これ、こんなに汚いでせう。もう少し……たいんですけど。……でせうねえ」
房一はさつき起き出したばかりであつた。歯ブラシをくはへると、井戸端で向ふむきにしやがみこんだまゝ、何をしているのかまだ顔も洗はないやうであつた。その円く前こゞみになつた、背中から、口のまはりに白い歯みがき粉をつけた顔がくるりと向きなほると、
「時に、お宅は鍵屋の分家の後ださうですな。あすこは大分前から空家になつていたと聞いていましたが」
「それは、まあ、都会風でいけばそれでいゝわけだが」
二人は岸に着いた。
うまい工合だと感じた房一はすかさず云つた。
だが、さう云へば、一歩いちぶ非の打ちやうのない正文に練吉のやうな息子ができたこともふしぎにちがひない。事実、当人の練吉さへ、自嘲めいて時々さう口にするのであつた。
と、房一は練吉の顔を見て思ひ出したらしく、